HIT! 5
I'll undertake this job!
ルスト冒険者ギルド。"火の都" ルストでは無く、大陸ルストに根差す巨大ギルド。それは文字通り冒険者の為のギルドだが、冒険者を相手に組合員を募っているわけでは無い。冒険者を登録対象として取り扱っているのは飽く迄も一部の "冒険者の店" であり、ギルドが登録の対象としているのは "冒険者の店" だ。ただ注意しなければならない事は――ややこしくなるが―― 一般的に「ギルド」と言われるのは「ギルド加盟店」即ち "冒険者の店" を指すと言う事だ。
組合の主な仕事は全部で3つ。
1つは、冒険者の店が依頼人から法外な中間マージンを取っていないかの監視。実の所、冒険者の店・クライアント間に生じる中間マージンに関する法などないのだが、だからこそギルドが目を光らせる必要があった。
2つ目が、冒険者にとって需要のある装備、及び稀少アイテム等の流通管理。武器・防具に限らず稀少な薬草や魔術師ギルドから流れて来た魔力を持つ道具、ロープや火口箱などの必需品の売買、及びそれらを取り扱う店舗の斡旋。それと、持ち運ぶには不便な貨幣を等価の宝石と交換したり、預かり入れたりする両替商だ。
最後が、依頼管理。とは言っても、『クライアントから依頼を受けて各冒険者の店に依頼を回す』と言うような事は殆ど無い。クライアントは普通、冒険者の店へ直接依頼を持ち込むからだ。
依頼管理とは、冒険者がこなした依頼の報告を基に、探索済み遺跡の書類管理や、クライアントの良し悪しの整理を含めた、冒険者の為の情報管理だ。例えば、既に探索済みである遺跡を未探索だと偽って高額な情報料を請求されたりしないように。例えば、自分が依頼を受けるクライアントの過去の報酬払いはどうなっているのだろうか。場合によっては、過去の似たようなケースの事件を探る事で、自分が現在受け持っている依頼を解決する糸口が見付かる場合もあるだろう。また、クライアント側が「こう言った依頼をするのだが、それに見合った冒険者がいるような店はないか?」と訊ねる事もある。
ルスト冒険者ギルドとは、つまりはそう言った所だ。とは言え、法的拘束力は無く、新規の冒険者の店が「必ず入らなければならない」と言うわけではない。尤も――そんな横との繋がりの弱い冒険者の店を客()が利用するかどうかは定かではないのだが。
カウンターを挟んで座る年若いクライアントも、そうしたギルドの情報を頼りにこの《旧き名残り亭》を訪れたらしい。名乗りを上げる際、そのように言っていた。
「導師?」
自ら齢()14と称する年若い魔術師――ギルバート導師の簡単な自己紹介を、サビスが疑いの言葉で反芻した。
ギルバートは苦笑する。別に気を悪くしたわけではない。慣れた事であるし、何より、立場が違えば自分も同じ態度を取るだろうと言う確たる自信があったから。
浮かべた苦笑を即座に消すと、黙って懐に手を入れる。そして取り出したのは、小さな首飾り(だった。銀のチェーンに銀の台座、台座に嵌められるのは小さな紅玉(と言う単純な構成。ルビーの大きさは、ギルバートの親指の爪と同じか、それよりも小さいくらいだった。
ルビーの宝石としての質は、決して良い物ではなかった。粗悪と言う程でもないが、良し悪しに関する回答を二元論的に求められるならば――正直、即答は難しいが――サビスは「悪い」と答えるだろう。しかし、ルビーの質は特筆すべき事項ではない。ルビーの奥に目を凝らせば、その裏――つまりは台座に刻まれる小さな文字に気付く事だろう。
承諾を得てペンダントを受け取ると、その文字を黙読する。上手な共通語文字(だったが、如何せん匠(の技と言わんばかりに字が細かい。解読には少々骨が折れた。
読み取った文字は、持ち主の姓名、位と受位年月日の三つ、それぞれの略式単語だった。
ルビーのペンダント――ルスト王立魔術師ギルド公認の証明証をギルバートに返すと、サビスは禿げた頭を下げ、非礼を詫びる。
「疑って悪かった」
言葉は粗雑だったが、悪い気はしなかった。ペンダントを懐中に仕舞いながら「簡単に頭を下げないで下さい」と言う。どうも師の口癖が伝染(ってしまったようだ。
「はい、どうぞ」
話を割って、金髪の少女――リルだが、ギルバートへの挨拶も自己紹介もまだしていない――が熱い紅茶をギルバートの前に置いた。「有り難う」の言葉に「どう致しまして」と笑顔で返すと、続いてサビスの前にも紅茶を置く。最後にギルバートの隣に紅茶を置く。これにだけはミルクが入っていた。
彼女はギルバートの了解も得ずその隣に陣取ると、ミルクティーを啜り始める。
ギルバートはその名も知らぬ少女を数秒だけ眺め見て、興味を失う。ただ「ウェイトレスか?」と当たりを付けただけだった。可愛いとは思ったが、街中で子犬を見掛けた程度の関心しか湧かず、すぐにマスターに向き直る。
「で、その導師様が一体全体どう言った御用件で?」
「導師様……と言うのは、止めていただけないでしょうか?確かに導師(ではありますけど、先日高導師(の昇格試験に落ちたばかりですから……。魔術師で無い方(が仰る『導師様』には、まだまだ力不足ですよ」
苦笑した。そう、彼は先日行なわれた昇格試験を落としていた。
思わぬ回答に言葉を詰まらせるサビス。世辞のつもりが皮肉になってしまっては、笑い話にもなりはしない。
気不味い雰囲気を割って、カップから口を放したリルがギルバートの顔を覗き込むようにして言葉を発する。
「へぇ、ギル君ってメイジなんだ?」
「ギルく……。え、ええ……一応……」
聞きなれぬ故に耳の障りの悪い呼称に、一瞬言葉を詰まらせながらもどうにか答えた。
「凄いなァ。魔術師の事はあんまりよく知らないんだけど、メイジになるのって結構難しいんだよね?余っ程優秀だったんだァ」
「いや……それ程でも……」
「じゃ、物凄く頑張ったんだね」
「……」
頻(りに感心しながら、リルは半分にまで減ったミルクティーに視線を落とした。だから――気付かなかった。ギルバートの表情が、悲しさと、悔しさと、やり場の無い苦悩に染まっていた事に。
サビスだけが一早くそれを勘取り、咄嗟に話題を元に戻した。
「それで導……ギルバートさんは、どう言った用件で冒険者を雇いたいと?」
「え……ああ、そうでした」
取り繕うような「ゴホン」と言う一つの咳払いは、正直ギルバートには似合わなかった。
「遺跡調査の同道者を探しています」
「遺跡?」
反芻するサビスに、ギルバートは小さく頷く。
「それは、新しい遺跡かい?」
「遺跡は古い物よ」
茶化すリルを、サビスは視線だけで叱り付けた。首を竦める事で謝罪の意とするリルを、ギルバートは苦笑混じりに無視する事にした。
「いいえ。そう言うわけではありません。こちらに寄らせて頂く前に冒険者ギルド本部の方で調べて頂いたんですが、二年程前に探索了認された遺跡だそうです」
因みに "探索了認" とは数組の冒険者一行(が探索を行なった結果「その遺跡には何も無い」と判断され、放棄された遺跡の事だ。ギルドではそれら"探索了認"された物も含めたあらゆる遺跡を管理している。
「確か……R(G(M(L(0510-0838です」
言ってギルバートが伝えた識別番号(は、冒険者ギルドが依頼毎に割り振った通し番号。
「RGMLって事ぁ、"月明かりの旅路" 亭ン所で取り扱ってた遺跡(だな……ンで二年前の……夏頃、か……」
常人には意味不明な文字の羅列も、サビスには情報を持った1つの言葉。目線を軽く天井に向け、ブツブツと呟きながら記憶の棚を引っ掻き回した。アレでも無い、コレでも無いとしていたのは、実質10[sec]にも満たない短い時間だっただろう。目線を戻し、
「ああ、解かった解かった。あの狭っ苦しい地下遺跡の事な」
「行った事がおありで?」
「ん?ああ、いやいや、そうじゃない。言い方をマズったかな。聞いた話さ。地下の遺跡ってのは一般的に馬鹿みたいに広いって相場が決まっている。まぁ、そりゃそうだわな。地上に造るにゃデカいからこそ、わざわざ穴掘って右や左や下に向かって広げるワケだからな。だが、それにしちゃぁその遺跡は小さかった。だから当然、皆が訝んだワケだ。隠し扉(は無いか?別な入口は無いか?魔法的隠蔽工作(はされて無いか?ってな。だが、五組程のパーティーが探索に当たって……結果は聞いた通りさ。人が生活していた痕跡は見受けられたものの、何世紀も前の残り香みたいなもので、実質的な成果は殆ど0。最後に作られた報告書によれば、『どっかの物好きがモグラ生活に憧れていた』ってぇ程度の代物でしかなかった」
それは概ね、ギルバートがギルドで仕入れた情報と等価であった。ギルバートは頭を縦に振って頷いた。
「ですが、その遺跡について学院の知人が少々毛色の違った情報を持ち帰ったのです」
「……ホゥ……?出来れば詳しく聞きたいな。勿論、そちらにとって不利・不都合と思う事については全て黙っておいて頂いて結構だ」
身を乗り出し、目を光らせた。話の真贋を見極める事も冒険者の店(のマスターにとって腕の見せ所の一つだ。
もう一度首を縦に揺らし、ギルバートは話始めた。
「2週間程前の事です。探知魔術(部門の知り合いのメイジに、シヴァンと言う方がいらっしゃるのですが、そのシヴァンさんがパグルルへの出張から帰って来たんです」
パグルル――下唇に人差し指を当て、リルはその地名を思い出す。確か、ルストから北へ徒歩で2週間程度の距離を移動した先にある、中規模レベルの都市だったと記憶する。
などとリルが記憶の引き出しを引っ繰り返す間にも、ギルバートの話は先へと進む。
「本当は『旅』の体験談を聞かせて頂きに行ったのですが、今は関係無いでしょうから割愛させて頂くとして、シヴァンさんは旅の帰途、街道から何度も外れて色々な場所を見学して回ったそうです」
「一人で?」
横合いから飛び込んできたリルの素朴な疑問に、ギルバートは律儀に首を横に振って答えた。
「いいえ。ギルドの方から護衛の冒険者の方々が派遣されていたそうです。旅には獣や魔物、野党などの暴力による危険が多いですから、『万が一の可能性』は――まぁ、言葉は妙ですが――決して低くはありません」
「へぇ……あ、でもさ、メイジだったらさ、護衛とかって必要なの?こう、炎とか氷とかをバァ〜!と出してそれくらい追い払えるんじゃ無いの?」
リルの言葉を、ギルバートは苦笑を交えて否定した。
「そうでもありませんよ。一口に魔術と総じていても、実際には驚く程多岐に別れているものです。例えて言うなら、『狩り』。単純に『海の魚を狩る』『森の獣を狩る』『空の鳥を狩る』の三つに別けただけにしても、それぞれに特化した方法があり、一人でその全てを極めるのは非常に難しい。しかもそれらは、対象とする獲物によって細分化され、その都度特化した方法と言う物が誕生するわけです。それは等しく魔術にも当て嵌まる事で、攻撃へと転化する事が比較的容易な氷炎などの操作を主に置く魔術に精通する『四大魔術()部門』や、シヴァンさんのように探索や認知に特化する魔術に精通する『探知魔術()部門』など、数多くの魔術が存在します。ですから、自分が修術する魔術分野によっては、争い事は全く駄目()と言う魔術師()だって、少なくはありませんよ」
「納得していただけましたか?」と問われ、リルは素直に頷く。
「ま、攻撃型魔術が苦手であれ得手であれ、それがそのまま戦闘能力の高さに等しいわけじゃないけどな」
と、更にサビスが繋げた。
「で、話が反れちまったけど、そのシヴァン氏曰く?」
「はい。もともと好奇心が強く、落ち着きの無いシヴァンさんです、同道された冒険者の方々の言う事を聞かずに、フラフラと勝手に街道から外れて歩いたんでしょうね。幸か不幸か、おかげで件(の遺跡の入口を発見したそうです。それで、ここでやはり好奇心には勝てずに――」
「遺跡に足を踏み入れた……ってか?そりゃまた迂闊だな」
「ええ……まぁ……。否定は……出来ません」
サビスの鋭い指摘を、ギルバートは苦々しく肯定した。
「実際、冒険者の方々にも厳しく注意されたそうです。『好奇心は猫を殺す』と、まぁ、その類の言葉で」
実の所、そこの部分は脚色だった。シヴァンがギルバートにその件()を語る時、彼は不快感を隠そうともせず、感情に任せてただ不満をブチ撒けていた。曰く、「雇われの破落戸()のクセに生意気だ」だとか、「平民以下の出自の分際で貴族に口答えをするとは無礼千万」だとか、そう言った類の論拠無き侮蔑の愚痴。だがそれを事実のまま語った所で、ただ相手の気分を損ねるだけで何の益も無く、ギルバート自身、そう言った事を口にするのは好きでは無い。だから自分の胸の中にだけ仕舞って置く事にして、ギルバートは言葉を曖昧にしたのだ。
「それは置いておくとして、シヴァンさんはその時、違和感を覚えたそうです」
「違和感?」
聞くサビスに、ギルバートは大きく頷く。
「はい。シヴァンさんが仰るには、魔力抑制(の魔力が、遺跡全体に働いていたそうなんです」
ギルバートの言葉に、サビスは目を丸くした。単純に、驚いたのだ。
「サプレシングねェ……。それだったらば、以前に探窟に向かった冒険者だって気付いたんじゃないのか?」
しかし今度は、ギルバートの首が縦に振られる事は無かった。
「どうでしょう?過去に探窟へと趣いた冒険者の面子()を調べた所、魔術師を含むパーティーは1つだけだったようです」
「魔術師の冒険者って、稀少だからねェ」
空になったカップを弄()びながら入れられたリルの合いの手に、ギルバートは律儀に首肯した。
実際、リルの言う通りだった。元々、冒険者を志す者の大半はと言うと、一獲千金を狙って貧困に窮する生活から抜け出そうと夢見る者か、一つ所に収まる事を良しとしない行動的な探求家か、それでなければ仕事に溢()れたならず者。対して魔術師は、程度の差こそあれ総じて貴族一門の生まれであり、知識と知恵を理論的に組み上げて事象を究明する知能的な探求家であり、職に溢れる心配の無い安定した立場。双方共に多々なる例外はあれ、概()ね水と油のように反りが合わない職業同士。故に魔術師の冒険者とは稀少であり、引く手数多()なのだ。
「加えて、その魔術師の方は四大魔術()部門の正弟()だったようです。シヴァンさんが仰る事には、そのサプレシングの魔力自体も、実に巧妙に隠匿されていたらく、そうなると――言い方が悪いとは思いますが――門外漢のマジシャン程度()では、荷が勝つ事でしょう」
多くの憶測が入り混じっているが、可能性の問題から結論付ければ、わざわざそれを否定する要素は無かった。サビスは無精髭が生える顎下を軽く撫でながら、「成る程な」と頷く。
「でもさ、それならそれでどうしてその時同道してくれた冒険者の人達に言わなかったの?」
と、リル。その問いには、ギルバートはお茶を濁すように
「さぁ?それは本人に聞かなければ何とも……」
と答えた。これも実の所、シヴァン氏の「あんな生意気な冒険者達に教えてやるか!」との、子供じみた感情論の賜物だった。
少し疑わしげなリルと、隠し事が苦手なギルバート。居心地悪そうな雰囲気を割るように、サビスが話を纏めに掛かった。
「まァ、つまりは知人であるシヴァン氏から聞いたその『違和感』の正体を突き止めたい――と、そう言うワケだな?」
「ええ。その通りです」
幾度か話が脇道に反れたが、どうにか話は落ち付いた。満足げなギルバートは、サビスが眉根を顰めている事に気が付いた。
「……何か?」
「ん……ちょいと聞きたい事があるんだが?」
一拍の間を置いたのは、ギルバートから疑問を差し挟む余地への了承を得る為。ギルバートは沈黙する事で、それを承認する。
「ギルバートさんは、メイジだよな?いや、疑うわけでは無く、単なる確認だ。気を悪くしないでくれ」
慌てて自身の言葉へのフォローを入れるが、ギルバートはあまり気にした素振りを見せなかったし、実際、気にも留めなかった。
「メイジと言えば、『高位』と言う程で無くても、それなりに高い位に位置するはずだよな?」
ギルバートが、黙したまま首肯した。
「その位の高い魔術師自らが、黴()臭い遺跡へと同道したいと申し出る――って事は、何かしら、理由があるわけだよな?」
どうやら、サビスの疑問はそれなりに核心を付いていたらしい。ギルバートは―― 一体、今日だけで何度目になるだろうか?――苦笑を浮かべて返した。どうやら、黙ってはいたが、隠していたわけでは無いらしい。
「正直、そこに何があるのか、僕自身解かりかねます。どちらかと言いますと、『何かがあってくれれば嬉しい』と、その程度の思惑があるだけですよ」
「『その程度の思惑』に、どうしてメイジ自らが赴く必要があるんだ?」
「詮索したいと言う気持ちも立場も理解できますが、これに関しては完全な私事()ですので、お答えしかねます」
こうまではっきりと断言されては、追及のしようも無い。サビスは、早々に詮索を断念した。この思い切りの良さもまた、長年の経験から得た交渉技術の1つだった。
「わかった。余計な詮索はしない。今からは純粋に依頼内容の取り決めといこうじゃないか」
言いながら、サビスはカウンターの下から使い古された羽根ペンと羊皮紙()を取り出した。
「依頼を受けてもらう冒険者に、出来るだけ正確で詳細な情報を受け渡すのもオレ達店主()の仕事だからな。今から、確認の意味も込めて幾つかさっきと同じ質問をさせてもらうけど、勘弁してくれよ」
ギルバートが静かに頷くのを確認してから、サビスは矢継ぎ早に質問を浴びせ掛けた。
「まず、名前は?」
「ギルバート=レルディア=アグラルホルス。14歳のメイジで、バート師を師事しております。ここまでは、先程お答えしましたよね?」
「ああ。悪いな、仕事とは言え、手間取らせちまって――出身地は?」
「ルスト東区域です」
「性別は――男で間違いないよな」
「はい、勿論」
「誕生日は?」
「……誕生日()が、僕の依頼の内容に関係あるんですか?」
ポツリと呟かれたギルバートの疑問で、忙しなく動き回っていたサビスの筆が止まる。改めて書き認()めた文字に目を落とすと、ヘタクソな字だった。
筆を置き、サビスがギルバートと視線を合わせる。
「いいや。決して必要と言うわけじゃない」
あっけらかんと、爽やかに。ギルバートはその回答に、寧ろ拍子抜けた。
「さっきも言ったが、冒険者に渡す情報ってのは多くて多過ぎる事は無い。その程度の理由さ。言いたくないんなら黙秘を決め込んで貰っても構わないぞ」
「いや、別に隠し立てするような事でもないんで」
少々の困惑を交えながら、ギルバートは質問に答えた。とは言え、それは「誕生日なんて冒険者に教えてやって役に立つのか?」と言う疑問が消えたからではなかった。
「誕生日が役立つのか?」。Yes, Noでの回答ならば、答えはNoだ。
ならば何故それを問うかと言えば、ギルバートへサビスが返したしたのも理由の一つ。しかし、一番の理由は「依頼人がこちらの問いに答えたかどうか」が、依頼人を見極める要素に生きるからだ。例えば、単純に名前を聞いた時の事を考えてみよう。ギルバートのように普通に答えてくれればそれは問題無い。しかし、仮に依頼人が「名乗れない」と言おうものなら、それはつまり背後()に良からぬ陰謀が渦巻いている可能性がある。もしくは「ジャック」などと言うあからさまな偽名を使おうものなら、それはつまり初めから冒険者を罠に掛けようと言う意志を持っている可能性さえある。
依頼人が口にした情報からしか情報を得られないのは、冒険者の店()のマスターとしては素人()だ。玄人()の交渉術を持つマスターは、「情報を得られなかった」と言う事実からさえ情報を導き出す術()を持つのだ。
サビスが訊き、ギルバートが答え、サビスがそれを書き留める。長いような、短いような時間、裏の裏で冴え渡る玄人()の交渉術が続く。
真面目に仕事に取り組むサビスと、それに付き合うギルバートの横顔を、暇を持て余しながら眺めているのが、差し当たってリルにできる全てだった。
「で、依頼の方は魔術師ギルドか、もしくはバーティークルイゼ教室からの公的な依頼と判断させてもらった良いのか?」
報酬の出所がどこなのか。それは冒険者が依頼を受ける上で極めて重要なファクターだ。依頼が公的機関からの物であれば、それだけ報酬の払いが良い場合が多い。そうなれば当然、腕の立つ冒険者の食い付きも良くなる。
「いえ。飽く迄も僕の個人的な依頼です。ですが、報酬()については御心配なく。払い自体は僕個人のポケットマネーなんかではなく、アグラルホルス家の方から出させていただきますで」
言われるままにサビスが書き殴る。
「で、肝心の報酬額は?」
「前金1,000drsの合計4,000drsで。これは、必要経費込みの固定報酬ですので、雇わさせていただく冒険者の方が10人だったとしても、それを分割して頂くつもりですので、そのつもりでお願いします」
「4,000?相場より高いな?」
探索了認された遺跡は、普通危険が少ない。勿論、見落とされた罠()や住み着いた魔獣が手薬煉()引いて待っている可能性が全くの0()と言うワケでは無い――しかも今回の場合、事情が事情だ。通例よりもその可能性は高いだろう。
それでも、相場を考えれば報酬は1人頭500か、それ以下か。冒険者パーティーの人数は大体4,5人程度であるから、報酬金額は結局、1人頭800-1,000になる。依頼の内容に比べて破格だった。
しかし、その裏にある実情を説明されれば成る程、サビスは納得する。
「確かに依頼内容は簡単ですが、調査は僕が納得するまで続けさせてもらうつもりです。早ければ確かに3日で終わる依頼ですが、長ければ最長で10日間の拘束時間を頂く事になります。ですので、結果としてこの報酬が破格になるか、妥当になるか、法外になるか。それは解かりません」
「成る程ね。了解した」
確かに、10日間の拘束時間で報酬が1,000ともなれば、逆に足りないくらいだ。
ディプラの上で羽根ペンを素早く滑らせ、その旨を正確に書き足す。
「で、そちらから雇う冒険者への要望はあるか?例えば、盗賊()がいた方が良いとか、人数は4人が良いとか」
「そうですね……」
視線を天井に向け、少しだけ思考に時間を割く。
「戦士が欲しいですね。出来れば、優秀な。人数は……この際問いません。僕を守れるだけの戦力になれば、男女も問いませんし、1人でも全然構いませ」
「マスターーーーーー!!!!!!!!!」
唐突に、成り行きを黙って眺めて黙っていたリルが立ち上げる――飛び跳ねると言っても良かったかもしれない。立ち上がる時に膝裏で蹴り付けた椅子が、派手な音を立てて後ろに倒れた。
予想外の出来事に羽根ペンを滑らせてしまい、ディプラの上に歪()な曲線を引いてしまったサビスと、危うく椅子から転げ落ちそうになったギルバート。真ん丸に見開かれた二人の視線を一身に浴びながら、リルはこう宣言した。
「この話、乗った!」
乗ったじゃないだろうに……
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