HIT! 4
Those who believe are saved.
「えっぐ……えっぐ……」
咳き込むようにして酌りを上げる。昼前に突然押し掛けて来たと思ったら、ずっとこの調子だ。接客業の運命とは言え、流石に少々以上に辟易する。
冒険者の店《旧き名残(り亭》。遺跡関連の依頼事を中心に、依頼人(と冒険者達の仲介人を勤める事で有名な店だ。
当店のマスター・サビス=ルインウォーカーも、若かりし日は遺跡巡行者(としての仕事を数多くこなし、その名を馳せた冒険者だ。禿げ上がった頭の天辺(に走る3本の爪痕は、その冒険行でこさえた名誉の負傷らしい。
「ほら、これでも飲んで少し落ち付け」
言って、ジョッキを差し出す。ただ、中身の方はお客様――冠に"招かれざる"が付く――の年齢を考えて、ミルクだ。
棍棒のように太く逞(しいサビスの腕からジョッキを引っ手繰ると、金髪ポニーテールの少女・リルは、両手で抱えるようにして口元まで運び、
ング……ング……
と、大きく喉を鳴らして一気に飲み乾した。見ているサビスの方が胸焼けを起こしそうな飲みっぷりだ。
なみなみと注(いだミルクを僅か10秒弱で空っぽにすると、ジョッキをサビスに差し出した。
「おかぁり」
「料金取るぞ?」
アルコールは入ってないよな?と、自信を無くしつつあるサビスからのあまりに当たり前な脅し文句に、リルは拍子抜けする程呆気なく諦めた。今の彼女には、凄みを利かせた「殺すゾ?」の言葉より、よっぽど恐ろしい殺し文句だ。
「じゃ、私のお願い、聞いてよ」
結局は、グルグル回る平行線か……。サビスは、天井を仰いだ。気分は一言「Oh, My God」。
昼前、開店には早い時間。「準備中」の看板を回しているにも関わらず、リルは店の中に勢い込んでやって来た。
泣きじゃくるリルをどうにか宥めながら事情を聞くと、同情に涙が零れ掛けた。
「兄」と慕う青年・エティルと、ギャンブルマニアのエルフ・ファルの二人の放蕩ぶりの皺寄せで、借金返済の夢が断たれた経緯については、今更説明も必要あるまい。
あの後リルは、ガッドから2つの選択肢を呈示された。
1. ブタ箱に直行
2. 身売りして借金返済
どちらもイヤだ。働いて今月中に返しますと言うリルの案は、「信用できるかああ!!!」の絶叫で、完膚なきまでに却下された。リルも泣きながら「仰(る通りです」と同意してしまった。
だからと言って、やはりどちらも御免被りたい。
1.は、ブタ箱生活を嫌ってと言うよりも、「冒険者が借金を返済できずに官憲のお世話になった」と言う噂が広がれば、同業者達の信用問題にかかわってくるから――そうでなくても、冒険者と言うのは大衆から胡散臭がられているのだ。
2.は、人として、女として、絶対に嫌(だったから。
結局その場は、騒ぎに駆け付けてくれたガッドの妻娘の説得と、追い詰められた猫のように箪笥(の上から涙混じりで必死に懇願したリルの努力の賜物で、どうにか治まったのだが……。
「今月中にきっちり3000。払えなければ、体で稼がせるからな!!」
強烈な捨て台詞で釘を刺された。恐らく……あの目は本気だ。
そんなワケで、あまりに理不尽な身の不幸を呪いつつ、サビスに依頼の取り付けをお願いに来た、と言うわけだ。「一人で請け負える、報酬3000の仕事を回してくれ」と。無茶な注文だ。
サビスは言った。
「何度も言うけどな、リルちゃん。単独冒険者には仕事を回す事は出来ないんだよ」
それはルスト冒険者組合(での取り決めだったが、真っ当な理由がある。それも、2つも。
1つは、安全の為。
冒険者の仕事と言うのは、危険が付き物。遺跡の探掘、商隊の護衛、魔物退治は言うに及ばず。子供でも依頼達成が可能にも思える「子犬探し」にも、思わぬ危険が潜んでいる可能性がある。「子犬」と言うのが人を噛み殺した事があるような獰猛な狂犬かもしれない。身代金目的で子犬を誘拐したヤクザな連中と一悶着(あるかもしれない。極論に走るなら、「子犬探し」の依頼は実はフェイクで、禁忌の魔術に使えそうな「健康な素材」を誘(き寄せる為の罠かもしれない。
どれも、所詮は単なる「可能性」の問題でしかない。それでもその「可能性」を考慮に入れなかったが為に命を危険に晒した――もしくは落とした――事例は、後を断たない。だから、どれ程簡単に思える依頼に対してでも、必ず2人以上の冒険者を宛(がい、危険の可能性を回避し得る状況にしておく必要があるのだ。
2つ目は、より多くの冒険者に万遍無く依頼を回す為。一人に1つずつ依頼を回していては、仕事にあぶれる冒険者が増加するのは自明の理。となると、仕事にあぶれて血気盛んなルスト人(はどうするか?正直、あまりそう言う事は考えたくない。それを杞憂に終わらせる為にも、1つの依頼に対して複数人の冒険者を宛がってやるのが、冒険者組合(に所属する店の義務だ。
リルの置かれている状況には大いに同情する。自分に出来る事があれば、出来る限りにおいて手を貸してやりたい。しかし、サビスも冒険者からの信頼を糧にしている以上、その期待も、規則も、両方ともを裏切るわけにはいかないのだ。
「解かるだろう?俺だってツライんだよ」
「……私はもっとツラいモン……」
いや、解かるけど。
「だったら、連れの二人と一緒に来てくれ。本当なら順番待ちしてもらう所だけど、状況に免じてそれくらいの融通は利かせるからさ」
「……あの二人、『所持金がある』と解かれば、ハイエナよりも素早く奪いに来るモン……。あの二人には黙っていたい」
長年の付合いの経験からの予防策としては、まぁ真っ当な意見だ。
「でも、事情を説明すれば――」
「『借金なんて踏み倒せば良い』。ば〜い、お兄ちゃん。『借金なんてウチの腕で全部返済したるわ』、ば〜い、ファルさん」
二人の言葉の引用。
「……もう少しさ、二人の事を信用してやれよ。よく言うだろ?『信ずる者は救われる』って」
「フフフ……信用して、今まで何度足元を掬われてきた事か……」
ニヒルな笑みにも哀愁が漂う。
「……じゃ、エティルの『踏み倒し』意見を採用して」
「そんなの、ガッドさんに悪いじゃないの。あの人は、なんにも悪くないんだから」
心底、申し訳なさそうに。
こう言う、律儀な所が、本当に言い娘(だと思う。養女に欲しいくらいだ
"養女"で思い出す。
「確か、鍛冶屋のガイガス、リルちゃんの叔父だったよな?あの人に頼んで」
「ダメ!!」
カウンターを叩き、跳ね起きる。思わぬ行動に、サビスが目を白黒させる。
「ただでさえガイガス叔父さん、私が冒険者(仕事してるせいで心配してくれているのに、これ以上心配させるような事になったら……。叔父さんにだけは心配掛けたくないの!お願い!!黙っておいて!!!」
自分の事より他人の事……か。サビスは苦笑した。
「解かったから。ンな拝み倒さんでくれ。オレが悪いみたいだろ?」
サビスの言葉に安堵して、リルは席に座った。
で。
「兎に角、こっちとしても信用問題なんだ。依頼は回せない」
これだけは、頑として譲る事は出来無かった。サビス一人の信用問題ではない。冒険者ギルドと所属店のマスター、更には冒険者全員の信用に関わりかねないのだ。
進退極まるこの状況。因みに「他の冒険者とパーティーを組む」と言う案は、真っ先に却下されている。
息の合ったパーティーにたった1つの異分子が混ざるだけで、その呼吸がバラバラになる可能性があるから。ってのは限りなく無理のある建て前で、本音の所は「分け前が減るから」「金銭トラブルにはこれ以上係わり合いたくない」から。
カウンターに突っ伏しながら、リルは言う。
「お願いよォ〜〜」
諦めが悪い。
「だぁ〜かぁ〜らぁ〜」
サビスも、泣きたくなった。頼むから、オレの事情も察してくれ。ガイガスやガッドの事情を察するように――と。
もう、口論する元気も無い。変わりに沸き起こるのは、こんな娘(の気苦労の種を撒いて耕す2人の保護者への憤り。正直、八つ当たりとも言える。
胸中で不満をタラタラ垂れ流そうとした矢先。「準備中」の札が掛かったドアが開いた。
カランカランと、小気味良く木鈴が鳴った。それに続くようにして、黒を基調としたローブを纏った少年が《旧き名残り亭》の床に足を踏み入れる。胸に刺繍された真っ赤な紋章でルスト王立魔術師ギルドの所属者であると知れ、緑の瞳で魔術師であると知れる。
開店時間まで間がある準備時間中だが、追い返したりはしない。サビスの長年の勘が、"準備"中の時にこそ必要とする客だと告げたから。そう言う客は、何も羽振りの良い金満長者に限らない。年若い女性である時もあれば、貧しい村の青年である事も、妖精族である事さえ――珍しい事ではあるが――ある。勿論、中にはリルのように招かれざる客である事も暫しある。
だから、相手が魔術師の少年であろうと、サビスは自分の勘を疑ったりはしなかった。
少年は、サビスが"準備"したいと思っていた言葉を口にした。
「冒険者の方を雇いたいのですが」
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