ここ、"火の都"とも呼ばれるルストが栄え、大陸の名として称されることとなった要因として、地理的要素が大きく携わっているのは言うまでもない。
外海に面していることにより、諸大陸からの貿易船がひっきりなしに行き来するため、自然と人が集まるからである。
初代ルスト国王が港の整備に力を注いだ賜物であろう。
物事には常に流れが必要であり、その流れは新しい風を呼び込む。
一箇所に淀んでしまっては進歩は望めない。
人の行き交うこの活気が、それを物語っているようにも思える。
そして、この港は都市の生命線であるともいえるのだ。
ルストと称されるこの大陸は、火竜の恩恵を受けすぎた大地は作物が育たない荒野と化しており、諸王国からの輸入に頼らなければ到底、日々の生活における食料等が確保できないのだ。
貿易都市として発展したルストが大陸中枢ともいえる所以である。
飛び交う言葉のざわめきや、往来する人々の波にレナスは軽く眩暈を覚えた。
いつも閑静な魔術師ギルドでの生活にすっかり慣れ親しんでいるため、どうも騒がしいのは苦手である。
必要な物は全てギルド内に設置してある施設で事足りるので、滅多に外出はしないし、何より外に出てみると、自分が魔術師であるというだけで違った視線を向けられてしまうのが落ち着かない。
魔術を行使できる者は、その証として瞳に碧色を湛えている。
たったそれだけの事なのだが、やはり大衆には不可思議に見えているのだろう。
また、魔術師に良い感情を抱いていない人々もいると講義で習ったこともある。
"魔術を使える人間は魔族の血を引いている"
自分のご先祖様が魔族だと言われてもピンとこないのだが、魔術は危険と隣り合わせという代物であるし、使い方を間違えればそれだけでも脅威的なのだから畏怖の感情が生まれてくるのも当然なのかもしれない。
色々と考えを巡らせて見たが、やっぱり自分は街は苦手だなと強く思った。
できれば早々に用事を済ませたいのだが、どうも先程からその願いは神に届く前に、目の前の人物に遮られているようである。
露店の店先で足を止めて、興味深々と言う具合に、その人物、フィリアが言った。
「やっぱり街はこうでなくっちゃね。ギルドの、あの辛気臭い雰囲気なんかとは比べ物にならない!」
落ち着きなく動き回るたびに、彼女の一つに束ねた長い髪がそれに合わせて揺れる。
まるで子犬の尻尾だなとレナスは思った。
引っ張ってみたい衝動にも駆られるが、実行してしまうと後が怖いのでやらないことに決める。
レナス達は、中心街にある、冒険者の集う"月明かりの旅路亭"に向かっている途中である。
ドワーフ集落までの護衛として、冒険者を雇うためだ。
これはミリアの提案である。姉曰く、
「街の外に魔術師だけで出るのはかなり危険よ。いかに魔術が優れた能力だからといって、簡易魔術だけじゃ対応しきれない危険だって沢山あるわ。魔術が真に力を発揮するのは、やはり詠唱魔術なのだから。すると詠唱中の護衛してもらう必要がでてくる。この護衛に冒険者を雇うのが一番良い方法だと思うの。彼らは旅なれているし、報酬に見合っただけの危険には立ち向かってくれるはずだから。」
ということらしい。実に良案だと納得できる。
ただ、姉が付け加えて曰く、
「それに、年頃の男女が二人っきりで夜も行動するとなると、フィルちゃんが危険だからね。」
これに対してフィリア曰く、
「ミリア様、それは大丈夫ですよ。レナスにそんな度胸はありません!」
抗議の声をあげようかとも思ったが、それこそ姉の思惑にはまりそうなので、あえてそこは流したが。
その後、雇用費も兼ねて旅の経費として8000drsが皮袋につめて渡されている。
今気づいたのだが、何の気はなしに大金を運んでいることにもなる。
しかし。
「まさか、こんなに街中で目立つとは予定外だ・・・。」
先程からレナスは、人々の痛いくらいの視線に居心地の悪さを感じていた。
滅多に外に出ない魔術師ギルドの制服姿に、注目が集まるのはしょうがない。
だがフィリアのあまりにも大袈裟なはしゃぎ様が、よりいっそう人々の興味を集めているのだ。
それにフィリア本人が気付いていないのだから始末が悪い。
「フィル、早く冒険者のお店に行こう。時間がもったいない。」
そう言ってレナスはフィリアの手を取り、引きずるように歩き出した。
「ちょ、ちょっとレナス、勝手に手を握らないでよ!」
明らかに非難の声があがったが、レナスは聞こえてないふりをして歩きつづけた。
目的地の"月明かりの旅路亭"は、どうやら宿屋と酒場を兼ねているらしく、中はかなりの賑わいをみせていた。
雰囲気作りのためか少し照明が暗くしてあるような気がする。それでも沢山の人で埋め尽くされているのは一目瞭然だった。
「流石に、大陸一・二を争うお店よねえ。」
フィリアが感心したようにつぶやく。
店の中を見回してみると、薄暗い色彩を際立たせるかのように、円形のテーブルが幾つも置かれている。
テーブルの真ん中には古い仕掛けランプであろうか、ぽつんと光を発している。
その拙い光が、より一層まわりの闇色を意識させているようにも伺える。
どちらも相対する存在なのだが、お互いをささえあっているような奇妙な関係図。
これによって成立したこの空間が、今先程まで自分達がいた世界とは違う世界へきたのではないかという不思議な感覚にさせた。
テーブルには思い思いに人々が、その光を囲むように座り、様々に盛り上がりを見せている。
また、その人々達の容姿もそれぞれ特徴があるものが多く、実に印象的である。
カウンターには顔半分を布で覆い隠し、左腕を包帯で巻きつけた容貌の青年が座っているし、いかにも商人ではないかという風な中年の男が、自分の長剣を自慢げに同じテーブルに座っている人々に見せつけていたり、上半身裸の大男達が競って酒樽を一気飲みしていたり等など、食事ができる場所であるのだが、魔術師ギルドの食堂とは一味も二味も違っている。
きっと、彼らのほとんどが冒険者なのであろう。
どうすれば彼らを雇えるのかわからず、入り口で佇んでいると、酒場のマスターらしき男が声をかけてきた。
「よう坊主、何か用でもあるのかい?ここは子供にゃあんまり関係ない場所だぜ。」
へっへっへと笑いながら、男は入り口を指差した。帰れという意味合いであろうか。
子ども扱いされた事にレナスは少しむっとしたが、表情に出さぬよう努めながら答えた。
「実は冒険者を雇いたいのですが・・・。」
それを聞くなり男の顔つきが厳しいものになったように見えた。
じろじろとレナス達を値踏みするように見まわし、
「あんたら、よく見ると魔術師のようだな。こっちに来な、詳しく話しを聞こうじゃねえか。」
そう言いながら、カウンターの方へ向かった。レナス達もその後に続く。
椅子に座るように勧められ、二人が席に着くと、男は話を切り出した。
「俺はここの店主でハガードっていうもんだ。冒険者斡旋の仕事もやっている。で、魔術師が一体何用だ?。冒険者を魔術師が雇うたあ、何か大きなヤマでもあるのか?。」
レナスは正直に、自分達の目的を話して聞かせた。
「年齢が二十未満の冒険者か・・・今仕事依頼待ちの奴らがいることはいるぜ。しかし、お前さんがたは報酬はどれくらい出せるんだ?一応、奴等も命を張るんだからな。そんなに安くはないぜ?」
ハガードは顎に手を当てながら、さも困った顔をしながら答えた。
レナスはミリアから預かった皮袋を取り出し、
「前金で2500drs、無事に帰ってこれたらもう2500drs払います。」
と、目の前に報酬の5000drsを並べて見せた。
それを見たハガードは、頷くとなにやら書かれている羊皮紙をレナスに手渡した。
「これが雇用契約書だ。記載不備のないように記入してくれ。そこに書かれていることをしっかり頭にいれながら、お前さん方はここで待っててくれ。」
そういうとハガードは店の奥へと消えていった。