見習い魔術師の冒険
旅立ちの予感





 落ち着かない食事を終え、レナスは言われた通りカイン導師の部屋ヘと向かった。自分を訪ねて来たという客人の事が気になって、せっかくの料理の味も解からないほどだった。

 長い階段を上がりながら、やはり思考おもいは客人の事へと意識が向う。魔術師ギルドに個人を頼って訪ねて来る人物など滅多にいない。それぞれの大陸に存在するこの魔術師ギルドは一般の人間の出入りを禁止しているからである。よほどの事でない限り、学生の家族でさえ中に入る事を許されない。そんなギルドに出入りできるといえば王立機関の関係者ぐらいなものだ。王立機関に自分と関係がある人物は…。先程から何度も理論付けを行って推理してみるが、やはり最後は同じ答えにたどり着く。

 長く緩やかなカーブを描く階段を上りきり、廊下の角を曲がると、すぐそこに目的地である部屋が見えた。衣服の乱れを直しながら、レナスは入り口である扉を叩いた。廊下に乾いた音が響く。 すると中から部屋の主の声が聞こえてきた。
「鍵は掛かっていない。遠慮なく入りたまえ。」
扉の取っ手を軽く回してみると、何の抵抗もなく扉が開いた。「失礼します」と決り文句を口にしながら、そのまま中へと入る。
 部屋の中は沢山の書籍が収められた本棚が陳列していた。どれもかなり古い文献のらしく、背表紙の題名はどれも古代魔術語文字エンシェント・ルーン・ワードで書かれている物ばかりが目に付く。古い羊皮紙の匂いが部屋中に広がっており、鼻をくすぐった。レナスは本棚の奥の明かりを目指して進んで行くと、大きな木製の机に向かい座っているカイン道師を見付けた。道師の他に、机をはさんで見覚え・・・のある女性が二人腰掛けている。その後姿を見てレナスは緊張のあまり声をあげた。
「フィル、それに…やっぱりミリア姉さん!」

 答えるようにレナスの方を振り返りながら、青髪の女性がゆっくりと口を開いた。その端正な顔立ちは美人の類であろう。色の白い肌に良く映える深い緑の瞳は、まるで純緑石エメラルドを連想させる。髪の色と同じ魔術師ローブを着込んでおり、その形よく膨らんだ胸の左にはルスト王国宮廷魔術師の紋章が刻まれている。
「久し振りね、レナス。今年でもう十六になるんだっけ?まだまだ子供と思っていたけどレナスも正弟マジシャンかぁ、月日の立つのは早い物ね。」

 レナスは信じられないといった仕草で、首を横に振った。ミリアには魔術師ギルドで逢いたくなかったからだ。この実姉が学生時代に残した偉業の数々は尊敬すべきだと思っている。小さい頃から何でも上手にこなす姉が、レナスは大好きであった。また自分にとって姉は自慢であり目標だ。しかし血縁という理由で比較され、その期待に答えようと努力をしてきたが、未だに何一つ姉を超えられないでいた。実家に居た時は考えなかった悩みである。ギルド寮に入ってからは特に、自分の能力さいのうの無さを、ミリアに逢うと認めさせられる様な気になり、そんな自分がどうしようもなく嫌になるのだった。

「やはり僕を訪ねてきた客人というのは?」
「ミリア様の事よ? レナス。道師から聞いていないの?」
 すると、もう一人の女性が呆れたように答えた。レナスと同じ黒を基調とした魔術師ギルドの制服を着ている。その愛らしいと言うのがしっくりくる顔付きは、どことなく悪戯っぽく、まるで子猫を連想させた。クルクルとしたその瞳は、やはり緑色を湛えている。赤みがかった栗色の長い髪を後ろで一束ねに結んでいた。
「フィルも導師にここに来るように言われたのかい?」
 レナスにそう呼ばれた女性・フィリアは、いかにも不満がある様に頬をふくらませた。
「私がここにいたらいけないのかしら?」
 二人のやりとりが微笑ましかったのか、笑みを浮かべながらミリアが口を挟んだ。
「まあまあ。レナスの問いには私から答えることにしましょう。」
 フィリアはまだ何か言いたそうだったが、しょうがないとばかりに椅子に座リ直した。コホン、とわざとらしく咳払いをしてミリアは話を切り出した。
「この王国の北にドワーフ族が暮らしているのは知ってる?」
 急に質問に、レナスは過去に学んだ多種族の知識をを頭の中から引っ張り出しながら、たどたどしく答えた。
「ええっと、北のドワーフ達が作り出す優れた装飾品や武具等はルストの都市で評判が高く、他の大陸からも交易品としてわざわざ買い付けに来る商人もいるだったかな?」
 その書物を丸暗記したような答えに、クスクスとミリアは笑った。
「それでね、今度そのドワーフ族に新しい族長が就任するの。友好関係を維持するために、我々王立関係者も就任式に出席したいのだけど…。」
 ミリアはそこで困った顔をしながら一度言葉を切った。そして、
「実はそのドワーフ族の掟で、齢二十才を迎えた人間族は集落に入れないのよ。そこで四大魔術エレメント部門の魔道師ウィザードであり、又、他種族文化研究の第一任者でもあられる、クレイモス=イル=カイン道師の教え子ならばという方向に決定した訳」
 それを聞いて、慌てて質問する。
「まさか、僕ら二人に出席させる気じゃないでしょうね?。」
「カイン道師に師事してるのは今の所四人。他二名は、別件でアージュ大陸の魔術師ギルドに赴いているの。そうすると残ったのは、あなた達しかいないでしょう?日ごろの勉学の成果を試す時が来たと思って…ね? すでに導師にはご許可頂いているし、がんばるのよ!」
 
 レナスは恨めしそうにカイン道師の方を見た。カイン道師は席を立ち、窓の方の側まで移動すると外に視線をむけたまま、つぶやく様に答えた。
「かわいい元教え子の頼みを断る事など私には出来ん。他種族に接触するいい機会だ。行ってきなさい。」
 フィリアの方を向きなおし、レナスは言葉をぶつける。
「フィルも何か言ってよ! このままじゃ本当に出掛ける事になるよ!」
 すました顔でフィリアは答えた。
「だって私、行ってみたいんだもん」

 この言葉が決定打となり、レナスはこの事態に反抗する事をあきらめたのだった。