見習い魔術師の冒険1
突然の来訪者
「……フゥ。そろそろ息抜きでもするか」
大きく背伸びをして、レナスは机から立ち上がった。
窓の外に何気なく目をやると、もう暗くなり始めていた。 魔術師ギルドの生徒が身に着ける、黒を基調とした制服を纏っている。歳は今年で16。
実際の年齢より若く見られることが彼の悩みの種でもあった。それだけに彼の顔立ちは幼く見えた。
しかし瞳の色を見れば、普通のそれと違っているのが解る。彼の瞳は淡い緑をたたえていた。
その特徴がこそが、この世で魔術の才がある者の証である事を物語っている。
ギルド寮の自室の扉をくぐり、レナスは廊下を食堂に向かって歩き出した。自然と足早になる。昼食を抜いたため、さすがに空腹に耐えられなくなっていたからだ。先程から腹の虫が鳴りっぱなしである。
「それにしても、あの課題の量は異常だよ…。導師は一体何をお考えになっているんだか!」
歩きながらレナスはつぶやいた
魔術師であるからといっても学生と言う立場上、課題提出が付きまとうのは宿命である。ここ魔術師ギルドでは魔術を修めるだけではなく高い知識を必要とされる。ギルドを卒業した殆どの学生がルスト王立機関に配属になるのは、ここで身に付ける専門知識を持つ研究者として又は王家の良き補佐として活躍できるからだ。しかし実際に魔術を使えない青い瞳の学生もいる。彼らは知識だけを専門とし将来、織者(と呼ばれる役職(につく。魔術の鍛錬をしない分、課題の量が半端ではないと噂で聞いたことがあるが。
だがレナスが師事している、クレイモス=イル=カイン魔道師(の課す課題は、織者(部門の学生と変わらない事で評判だった。どう贔屓目(に見ても、他の導師達のそれのニ倍近くはある。
カイン道師は魔術部門で人気が高い、四大魔術(部門の教室を束ねる魔道師の地位にあるが、その厳しさ故に入門者が少なく、今現在で門下生は5人に満たない。他の教室の学生達からは「門下生が少なく暇を持て余しているので、とりあえず魔道師として働かされているのではないか」と影で皮肉さえ言われている。
レナスは見習い(時代、本当は召還・送還魔術(部門に進む気でいた。身内に四大魔術(を得意とする天才肌の姉を持ってしまったのが大きな原因である。姉と比べられなければ四大魔術部門以外、何処でも良かったのが本音であった。しかし、見習い(の過程を終了した日、専門魔術の登録の準備をしていた時の事、カイン道師自らが学生寮にある自分の部屋に訪れ、「レナセス=クルグ=ランフォード、君は明日(付けで、私の教室に配属だ。くれぐれも他の教室へ登録願いを出さぬよう気を付けたまえ」と宣告されてしまった。まさか、あの(姉と同じ部門、そして同じ教室に師事する事になるとは……。まるで運命を魔人に操られている様な気にさえなった。
それからが苦難の日々である。
昼食を抜く羽目になったのも、課題の期限が原因であるだけに腹立たしく思えた。つい独り言にも力がこもる。
「だいたい、カイン道師ときたら……」
「私ときたらどうしたんだね?」
ふいに後ろから声がして、レナスは慌てて振り返った。そこには真紅のローブを身に纏った男性が立っていた。厳しい表情でレナスを見つめている。深く刻まれた顔のしわから、彼が長い人生を歩んできた事がうかがえた。しかし、その緑の瞳には、まだ気迫さえ感じられる。
「カ、カイン道師!」
そう呼ばれた男、カインは頭を振りながら口を開いた。
「まったく、お前ときたら。まあよい。それより、もう夜の食事は済んだのかね?」
「いっいえ、今から食堂に行くところです」
レナスは平然を装いながら、やっとの思いで答えた。
「ふむ。では、食事が済んだら私の部屋に来なさい。君に客人が来ておる。」
それを聞いて不思議に思った。魔術師ギルドに自由に出入り出来る者はそう多くはない。学生のレナス達でさえ多くの書類作成と教室長の許可なしでは、外に出掛ける事さえままならない。そんな環境にある中で、学生一人に会いに来る者がいるだろうか。
もしかしたら――。
嫌な考えが浮かんだので、レナスは慌てて考えるのをやめた。
「僕にですか? 一体その方はどのような用件でいらしているんです?」
「まあ、会えば解かる。とりあえず夕食を済ませてきなさい。急ぎの用でもないのでな。それまでは私が客人の相手をしておこう」
何故か楽しそうに答える自分の師に、妙な不安を覚えながら、レナスはその場を後にした。
しかし、その不安が的中する事になるとは予想だにしなかった。