HIT! 7
It's my waste of disliking, isn't it!

「リルさ〜〜〜〜ん!!」
 人気の少ない裏路地を抜けると、そこはすぐに人ゴミの中。独りトボトボと道行く金髪の少女の背中を探し出すには、して時間は掛からなかった。ギルバートは少女の名を呼び、その背中を追う。
 人々の注目の視線の中に、リルの視線が混じり合う事を確認してから、ギルバートは走から歩へと足運びを戻した。ほんの十数秒走っただけだが、もう息が上がっている。運動不足だなと自分をいましめ、頃合いを見計らって少しくらい基礎体力を付けようと心に誓った。
「あ、ギル君……」
 自嘲にも似た笑顔で迎える少女には、つい先刻までの威勢の良さは見当たらなかった。"ルスト"を包む夕凪の空気は生暖かいが、外気に触れて思考が冷えたのだろう。先刻までの自分を悔いているようにも見えた。
「ゴメンね。私のせいでギル君にまで迷惑が掛かっちゃって……」
 ギルバートが隣に並ぶのを待ち、リルは謝罪を述べる。やはり、自己嫌悪に陥っているらしい。
「いえ、別に構いませんよ。結局、リルさんに護衛の依頼を出す事ができるようになったワケですし」
「――言われてみれば確かにそうなんだけど……それは結果論であって、私の我が儘がサビスさんをあんなに怒らせた上に、ギル君まで追い出される結果になったワケでしょう?――やっぱり、私が全面的に悪いわけで……ああ〜〜〜!いくらお兄ちゃんやファルさんのせいで切羽詰ってたからって我が儘言い過ぎた!!不覚にも程があるよ〜〜〜〜!!」
 突然胸中の自己嫌悪を叫び出し、頭を抱えてうすくまる。少女の奇矯な行動に、道行く人の奇異の視線が突き刺さる。
 ギルバートは周囲に「あ、何でもありません、何でもありません」と言い訳にならない言い訳を振り撒きつつ、リルの手を取って立ち上がらせた。
「はぁ……それにしても、私もまだまだ未熟だなぁ……。折角サビスさんにあんなにも褒めてもらったのに、私ったら自分でそれを全部台無しにして……。ギル君も、愛想尽かせたでしょ?何だったら、今から《旧き名残り亭》で冒険者を見繕ってもらっても――もしサビスさんが臍を曲げるようだったら、今回の事は私が全体的に悪いし、謝罪に行っても――ってか、どちらにしても後日改めて謝罪はしないと……」
 途中から、自己嫌悪モードに再突入。ギルバートは、優しげな微苦笑を浮かべた。
「リルさん。今度サビスさんに会った時は、『謝罪』ではなく、『感謝』の気持ちを伝えてあげてください」
 言ったギルバートの言葉に、リルは「?」と疑問符を表情に浮かべた。
 そんなリルに、ギルバートは赤い空を見上げて「やっぱり――気付いて無いんですね……」と呟いていた。
「それよりも、護衛依頼の契約についてお話しましょう。詳しい事は、その時に合わせてお話します」






「サビスさ〜〜ん!!お腹空いた〜〜〜!!ボクねぇ、『浅蜊あさりバターのパスタ』と『トマトと手羽先のマカロニスープ』と『鶏の南蛮漬け』と『秋刀魚サンマの塩焼き』とねぇ――」
 献立表メニューを片手に、ファラが次々と注文を飛ばす。定番献立レギュラー・メニューの上から順に、目に入った片っ端から、みたいな機関銃射撃だ。
「お肉関係はファラちゃんに任せるとして〜〜。私は〜〜『シーザーサラダ』と『シーフードサラダ』と〜〜〜。ああ、この『ミステル産フルーツの盛り合わせ』も一緒に〜〜〜」
 ファラの献立表メニューを横合いから盗み見ながら、ステラがのんびりとした声で注文を重ねる。
「この日差しの中で喉が渇きましたしね。飲み物をお願いします。ファラとステラはいつもの通り『グレープフルーツジュース』で良いですね?ジムは毎度の『麦酒ビール(大)』として、私は――そうですね、『薬草蒸留酒ハーブ・スピリッツ』をお願いします」
 こちらはファラの献立表メニュー表の裏面に列挙リストされている飲料献立ドリンク・メニューを覗き見ながら、セルシウス。
「今日のお奨め献立表メニューは何じゃ?『砂蚯蚓サンド・ワームのミンチカツ』と『獅子魔獣キマイラの尻尾の蒲焼き』と『這寄樹木クリーピング・ツリーの広葉サラダ』――それに、『巨大蛸ジャイアント・オクトパス山葵ワサビ漬け』か。店長マスター、これ全部頼む」
 別紙「店長のお奨め献立表メニュー」に列挙リストされている正体不明な献立表メニューを全部平然と注文するのは、ジムだ。
 リルとギルバートが店に出てすぐ――二人が人ゴミに呑まれたのを確認してからなので、おおよ20[sec]程経ってから、ファラを筆頭にステラ、セルシウス、ジムの四人は《旧き名残り亭》へ入店した。相変わらず開店時間には少しあるが、気にした様子は無い。
 入店後すぐに、サビスの案内も無しに厨房に一番近い席を陣取り、サビスを呼び付けて注文を開始した次第だ。
「ちょっと待てお前ら!一人ずつ順番に注文しろ!それに今日は諸事情あって料理の仕込が中途半端なんだ!しかも、まだアリーシャとメイナが買い出しから帰って無いから、すぐには料理はできねぇぞ?!」
 受けた注文を、目にも止まらぬ速さで羊皮紙ディプラに書き留めながら、サビスが忠告する。因みに、アリーシャとメイナとは、サビスの娘と妻の名だ。この《旧き名残り亭》は、サビス親子三人で切り盛りしており、冒険者相手の接客はサビスが、料理は妻のメイナが、給仕は娘のアリーシャがと、各自分担して作業している。
「別に良いって、待つから♪あ、サラダとか、サビスさんだけでも作れる料理は早目に出してねぇ〜〜。あ、それとコレ、『つくねチーズ焼き』を5本と、ん〜〜と――」
 注文を中途で一旦区切り、ファラが答える。
「それはそれとして、こんなに注文して大丈夫か?」
 注文速度に追い付けない羽根ペンを忙しく這わせつつ、サビスが老婆心ながらに忠告する。
「大丈夫ですよ〜〜〜。ジムは目の前に出されればいくらでも食べる〜〜別名『金魚腹』だし〜〜〜。ファラちゃんも〜〜っこくて可愛い体だけど〜〜〜育ち盛りだから〜〜〜」
 こちらは、もう注文は充分だとばかりに膝に手を乗せ居住まい正す、ステラ。
「いや、そうじゃなくてな。俺が心配してるのは財布だよ。そりゃ、こんだけ食ってくれりゃ儲かるし大助かりだが――これ、三食三日の九食分はあるぞ?」
「ああ、ご心配には及びません。全部奢りですから」
 腕を組みつつ寛ぎ感覚リラックスモードのセルシウス。
「へぇ。奢り。そりゃまた剛毅な財布パトロンを見付けたモンだな。誰だ?」
「何を言っておる。そこに居るじゃないか」
 ジムが言うと、四人の視線が一点に集まった。
「……は?」
 サビスの手に握られた羽根ペンがピタリとその動きを停める。
 四人の視線は、サビス・・・に注がれていた。
「ちょっと待て!そいつぁ一体どう言う料簡りょうけんだ!!」
 聞き捨てなら無い四人の言葉――と言うか視線に、注文を書き留めた羊皮紙ディプラごとテーブルを叩き付けた。四人は困ったように視線を絡ませ合わせると――同時に動いた。
 まず、ステラが愛用の楽器の女王リュートを持って、椅子ごとテーブルから身を引くと、サビスと向かい合うようにして目を合わせる。続いてジムがテーブルに肘を突くようにして半身に座り直し、その対面にファラが両手を突いて立ち上がる。二人は丁度、サビスから見ると横顔だけが見える状態だ。最後に、セルシウスがステラの横に立つ。
 突然の四人の奇行に、目を白黒させるサビス。四人はそんな彼を一人置いてけりにして、突然の寸劇スタンツを開始した。
    ポロン――
 と、爪弾かれるステラの楽器の女王リュート。そして、朗々と紡ぎ出されるステラの声。
「今この世界ととても似たしかし非なる世界。語られるはそこで巻き起こされる日常の遣り取り。短い時間ではありますが、お客たります皆々様、どうか暫しの御静聴を」
 普段ののんびりした声とは全く異質。怜悧な刃物のような、極地に生まれる氷のような、凛と澄み深く沁み込む声。民衆ひとの目を釘付け、心を捕える海妖鳥ハルピュイアの歌声。ステラは奏でる楽器の女王リュートの旋律に乗せ、物語をしらべて紡ぐ。
「その世界には、冒険者と彼らに仕事を依頼する依頼人クライアント、そして二人を仲介する者とが居ます。彼らの互いに利を一致にする関係ながら、信条と信念を掛けた遣り取りには、決して退けない一線を引き――時につぶかり合う事を厭いませんでした」
 と、そこまでステラが言い切ると、ジムが後を引き継いだ。

  ジム    いいや。ダメだ。規則は規則。俺の店がお客さんからの信頼を勝ち得ているのは、組合ギルドが定めた規則を誠実に守り、遂行してきたからなんだ。情に負け、経営信念を曲げ、お客さんからの信頼を失うワケにはいかねぇ!

 ジムの台詞は律を無視して語られる。しかしステラがジムの言葉に律を合わせて即興の曲を奏でる事で、物語の音楽性を保ち続けた。呼吸を知ったる仲とは言え、それは並大抵の技術では無い――ほんわか雰囲気に騙されるなかれ、吟遊詩人トロバイリッツの腕前は一流だ。
 一方、ジムの語りを聞いたサビスは――サッと表情を蒼く染めた。
「なっ!そ――いつぁ……!!」
 絶句しそうになる喉を無理矢理動かし言葉を搾り出すが、ステラ達は物語を止めたりはしなかった。

  ジム    冒険者の店アドベンチャラーズ・ギルドとして、単独冒険者ソリタリ・アドベンチャラーに依頼を回すわけにはいかない!これは、そう言う規則ルールなんだ!!

 ジムの言葉を引き継ぐのは、セルシウス。

  セルシウス    仲介人は言いました。『単独冒険者ソリタリ・アドベンチャラーと契約するなら、店を通さず、個別に契約して下さい』と。

 ジムとセルシウスの言葉を受け、続いくはファラ。

  ファラ   う゛う゛う゛う゛〜〜〜〜〜〜〜〜!!何よ、サビスさんの意固地!意地悪!意地っ張り!!

 続くはジムと、それを受けてはセルシウス。

  ジム   ああ、意固地意地悪意地っ張り、大いに結構!大体、それを言うならお前はどうなんだ?!そりゃ、今はエティルやファルの尻拭いで切羽詰ってるのは解かるケドな、我が儘が過ぎないか?!いつもはもっと素直で物分りが良いヤツだろう?!
  セルシウス   仲介人は言いました。『今日リルが我が儘なのは、エティルとファラの知り拭いがあって気が立っているからです。普段はもっと良い娘なんですよ?』と。

 引き継ぐファラ。

  ファラ    こっちこそ我が儘娘で結構です!我が儘ついでに言わせてもらうと、事情が解かってるなら、一回くらいこっちの事情を汲んでくれたって良いじゃないの!!

 後は、三人の遣り取りの繰り返し。三人の言葉に律べを合わせ、ステラが気の利いたB.G.Mを奏でて繋ぐ。サビスはと言うと、彼らの演目をただただ黙って静観し続けるだけだった。

  ジム    その一回が誰か無関係な冒険者アドベンチャラーの耳に漏れてみろ!人のクチに戸は立てられない、『あっ』と言う間に噂は広がっちまうだろうが!
  セルシウス    仲介人曰く『外で同業者が聞いている。今は単独冒険者ソリタリ・アドベンチャラーに仕事を回すわけにはいかないんです』
  ファラ    それは解かるけど!いくら規則ルールだからって、依頼人クライアントの意向にそむいてまで守らなきゃいけないの?!
  ジム    依頼人クライアントが望めば、それもアリだろうさ!――ギルバートさん、アンタはリルが護衛で満足するのかい?
  セルシウス   仲介人曰く『ギルバートさんにその気があるなら、この仕事をリルに回してもらえないだろうか?』

 と、ここでファラが席を立つ。椅子をズラして左に移動。

  ファラ   うぇ?!ぼ、僕ですか?
  ジム   確かに、リルなら値段に見合った働きを期待できる。だからと言っても、リルはまだまだ子供だ。アンタは、こんな子供に守ってもらって、男として満足か?!
  セルシウス   仲介人曰く『リルはまだ子供だけど、値段に見合う仕事ができる。ギルバートさんさえ満足なら、万事丸く収まります』

 またファラが移動。元いた席に椅子を引き釣りガタゴトガタゴト。

  ファラ   ちょっ――!!何よその言い方は!!いくらサビスさんでも、許さないわよ?!
  ジム   リルは黙ってろ!俺は今、ギルバートさんと話してるんだ!
  セルシウス   仲介人曰く『今はギルバートさんと交渉中です。口を挟まないで下さい』
  ファラ   ……リルさんを雇うも、断るも。僕の意向一つ、と言う事ですか?
  ジム    ああ、その通りだ。断ってもらっても問題は無い。俺に任せてもらえれば、値段に見合った五人組群隊パーティーを宛がうくらい時間は掛からないさ。報酬金を五人分割となると、半人前ハーフバックド段階レベルメイン群隊パーティーになるだろうケド――三人寄れば文殊の知恵、リル一人分の代任くらいまかなえるはずさ
  セルシウス    仲介人曰く『ギルバートさんの報酬では、五人組群隊パーティーとして雇えるのは半人前ハーフバックド段階レベル程度の冒険者アドベンチャラーくらいでしょう。ですが、リルちゃん程の一流所なら、一人で五人分の働きくらいできます』
  ファラ    僕としては、リルさんで構いません。依頼さえ果たしてくれるのならば、別に誰が宛がわれても構いませんし、寧ろ大所帯な群隊パーティーに振り回されるよりも、こちらとしても扱い易そうですしね
  ジム   ギルバートさん、アンタ、本当に良いのか?本当の本当に、後悔しないのか?!
  セルシウス   仲介人曰く『リルちゃんに依頼を回してもらえるんですね?』
  ファラ   はい。問題ありません。
  ジム   さっきまでの話を聞いてリルに同情してしまったからとか、これ以上俺達二人の口論に付き合ってられないとか、そんな気持ちで『仕方無く』O.Kしたりしてねぇか?!
  セルシウス   仲介人曰く『リルちゃんに同情してとか、二人の口論に飽き飽きしてでは無く、正式に依頼したと判断して良いですか?』
  ファラ    大丈夫ですよ。誰でも良い、って言うのも勿論本音ですけど、サビスさんが太鼓判を押したリルさんを正式に評価した上での判断です――まぁ、貴男あなたに聞いただけなので、評価と言うのも烏滸おこがましいですが
  ジム   出てけ……。出てけ――!不愉快だ!出てけ!二人とも出てけ〜〜〜!!ンで勝手に二人で契約でも何でも交わしゃ良いだろうが!!
  セルシウス    仲介人曰く『それでは、後は当事者二人にお任せいたします。そちらで自由に契約して下さい』
  ファラ   あの……
  ジム   なんだ、ギルバートさん、まだ居たのか。……悪いが、アンタも出て行ってくれないか……?
  セルシウス    仲介人曰く『早くリルちゃんの後を追ってやって下さい』
  ファラ   大変ですね、こう言う店の御主人と言う職業は――
  ジム   ああ言う連中のお守りも含めて、好きで選んだ仕事さ……。有り難うよ、俺の気持ちを理解してくれて……
  セルシウス   仲介人曰く『私の心の裏側を的確に読み取ってくれた上で、適切に処置してくれて有り難う御座います』

 そこで一際大きく楽器の女王リュートを掻き鳴らし、ステラの演奏と、三人の寸劇は幕を閉じた。
 四人を指差しパクパクと情け無く口を開閉するサビスに向かって、ステラが晴れやかな春の青空のような笑顔を向けて、言った。
「題して〜〜〜。『マスター・サビス あばけ!言葉の裏に潜む真実の言葉』ぁ〜〜。まだまだ未完成なんだけど〜〜〜。近々公開予定なの〜〜〜」
「ステラステラ、タイトル違う。『マスター・サビス』じゃなくて『敏腕仲介人』だよ?」
「あ〜〜。そうだったけ〜〜?目の前に見知った人がいたから〜〜〜〜勘違いしちゃった〜〜〜。テヘッ」
 ファラのツッコミに、先刻と全く同じ笑顔を全く崩そうとせず、ステラが自分の頭を軽く小突いた。
「と、まぁ、儂等の公演の先行上演を御静聴頂いたワケじゃが――今夜の飲み食いの代金として釣り合わんモンかのぉ?」
 好々爺然とした笑みを浮かべるジムは、言いながら自慢の顎鬚を撫で付けている。
「テメェら――早死にしちまえ……!!」
 胸中では溶岩マグマのように煮えたぎる怒りを押さえ付けながら吐き出したサビスの台詞に、セルシウスは乾いた微笑でなすように答えた。
「まぁ、冒険者アドベンチャラーですから。覚悟の上ですよ」
 叩き付けた羊皮紙ディプラを乱暴に引っ掴むと、サビスは厨房へと引っ込んだ。乱暴な捨て台詞を搾り出して。
「お前らの上演成功を願って、今夜は俺が奢ってやるよ!!」
 「よっ!この太っ腹!」「話が解かるじゃないか!」「ありがと〜ございます〜〜〜」「感謝致します」と、四者四様の賛辞の言葉が、上っ面だけに聞こえるのは、気のせいだと信じたい。
「畜生――俺の、嫌われ損かよ……!!」
 まぁ、アレだ。取り敢えず、元凶であるエティルとファルには、後日説教決定らしい。