HIT! 7
Thanks for your understanding my true intent.

「ちょっ!!うそ?!まっ――そう、あの……って、ぅえ゛え゛?!」
 驚き、疑い、悩み、理解し――そして、また驚く。悲鳴染みた素っ頓狂な雄叫びが尽きるまでの数秒間で、リルの表情かおは百面相。はたから眺めていると見受けられるある種の愛嬌に、ギルバートは心成し表情を緩ませた。
 と、直前まではコロコロとせわしなくかしましかったリルが、上目遣いにジッと注視している事に気付いた。笑ってしまった事を見咎められたかと、表情を引き締めたが――違った。この表情は、小動物が人間から差し伸べられた手を警戒する時に見せる表情かおだ。
 暫しの沈黙。そして……
「――本気?」
 小首を傾げるその様は、嗜虐性を刺激するには充分な程に愛らしかった。幸か不幸か、ギルバートは真っ当な趣味の持ち主だったが。一つの苦笑を交え、
「ええ、本気ですよ」
 ギルバートの、迷い無い明確な言葉。リルは、その回答に表情を喜びの色に染め、椅子を蹴倒さんばかりの勢いで大の字に飛び跳ね――
「ちょォっと待ったぁ!!」
 ようとしたリルの頭を、若き日に鍛え育てた巨大なてのひらで押さえ付け、喜びに水をす。リルでもギルバートでも無ければ、その犯人はサビスだ。
「ギルバートさん。アンタ本気で言ってるのか――ってのは、まぁ本気なんだろうな」
 嘘をく理由は、それ程多くはない。
「だが、まぁ、冷静になってくれ。ギルバートさん、こう言っちゃなんだが、リルなんてまだまだ子供だぞ。こんな娘に自分の命を預ける仕事を任せられるのか?」
 失礼な言い分にも聞こえるサビスの言葉に、リルも流石に眉根を顰めてめ上げた。口出ししないのは、自分の見た目が他人の目にどう映るか――悲しくなるような現実を、嫌と言う程理解しているから。
 サビスの言葉に、ギルバートは少しだけ苦笑を交えて答える。
「決して自慢だとか優越感だとかからの言葉ではありませんけど、僕は自分の魔術の力に自信があります。勿論、『この世で一番』だとは口が裂けても言えませんが――全魔術師の平均からすれば、間違い無く上位1/3には位置しているでしょう」
「まぁ――そうだろうな。ギルバートさんの魔術行使の現場を見たワケじゃないけれど、導師メイジクラス魔術師マジック・ユーザーが行使する魔術それの威力は、冒険者アドベンチャラー時代に思い知らされたからな」
 苦い思い出でも思い出したのだろう。過去の苦痛を表情かおに浮かべていた。
「ご理解頂ければ幸いです。――話は戻りますが、そちらの女性――リルさん、ですか?見た所、僕とそれほど年齢は変わらないように見えます」
「だね。ギル君とおない年だけど、私の方が早生まれだから、私がお姉さんだけどね」
 何故か勝ち誇るように胸を張るリル。年相応の小振りな胸が、リルの勝ち気よりも少しだけ弱気にその存在を主張した。
「まぁ――言いたい事は解かる」
 と、サビス。
「リルが見た目に似合わない実力者である可能性がある、って事だろ?」
「平たく言えばそう言う事ですね」
「確かに認めよう。人間誰しも、年齢だけが実力の測りには成り得ないって事は、冒険者の店の主人こんなしごとやってれば、呆れるくらい実例に出会うワケだしな」
 カウンター越しに、リルがしきりに相槌を打っている様が見て取れる。
「だが、それでも。通り一辺倒のその物差し通りの実力しか持っていないやからの方が多いって事が、より真実に近い事実なんだ。正直、物差しにそぐわない実力の持ち主なんてものは、百人に一人居るか居ないかだ」
「でしょうね」
「解かってるなら話は早い。リルがその僅か一厘の可能性の顕現だと、何の根拠も無しに判断できんだろう。それなら、俺が物差しに合った実力者を見繕って――」
「根拠なら、ありますよ」
 どうにか話を丸め込もうと力説するサビスの間を割るギルバート。無礼を承知でサビスを指差しながら、その根拠を述べる。
貴男あなたがおっしゃっていましたよ。何度も、何度も」
「俺――が?」
「はい。先程までのリルさんとの大口論で、何度も何度も――。魔物を相手取っても見劣りしない戦士としての技量、冒険に必要な勘と認識と経験、財布を遣り繰りする経済力、兄と呼ばれる方をドツき回す豪快な教育方針。一部『人として女性として如何いかがな物か?』って所はありましたけど」
 リルが恥ずかしさに赤面したが、ギルバートは軽く流した。
「それら全てを、貴男は何度も何度も釘を刺すようにして保障し、太鼓判を押していたじゃありませんか?宥めるに必死になりながらも、彼女を認める言葉に一切の躊躇ためらいが無かったのは、つまりそれだけリルさんの実力を買っているから、ではないのですか?」
「ぐ……」
 ぐぅの音も出ない。出してるけど。
「ほらほら♪依頼人クライアント様もこう言ってるしぃ♪好い加減諦めて私に御仕事回してよぉ〜〜ん♪」
 猫がじゃれ付くような猫撫で声で、崩壊直前のサビス城壁を突き崩しに掛かった。
 篭城戦に持ち込まれたサビスはと言うと、ひたい――かどうかは、禿げ上がった頭との境界が曖昧あやふやで解かり難いが――に大きな掌を当て、必死に打開策を探しているようだ。もっとも、「探しあぐねている」と言う表現の方がしっくり来るが。
「♪は〜やく早く、は〜やく早く、は〜やく私におっしごと〜〜〜」
 上機嫌に即興歌アンプロンプテュなど口ずさみつつ落城を今か今かと待ち侘びるリルの隣で、ギルバートは何とも無しに気が付いた。サビスの視線が、陽気な少女には向いていなかった事に。さりとて、思考の中に打ち沈み、視線を漂わせるでもなかった。彼の視線を追うと、そこは店の入り口だった。観音開き扉スウィング・ドアの向こう側には、たった四人ながらも種々雑多な種族から構成された冒険者の群隊パーティーが、事の成り行きを見守るようにして覗いていた――そう言えば、少し前に誰かが店に足を踏み入れようとしていた気配があったが、その気配の主だろうか?
 ギルバートに視線を追われていた事に気付いたサビスは、わざとらしく咳払いを一つすると、ようようにして沈黙を破った。
「いいや。ダメだ。規則は規則。俺の店がお客さんからの信頼を勝ち得ているのは、組合ギルドが定めた規則を誠実に守り、遂行してきたからなんだ。情に負け、経営信念を曲げ、お客さんからの信頼を失うワケにはいかねぇ!」
 結局、城壁は鉄壁だった。サビスは最後まで折れてはくれなかった。
冒険者の店アドベンチャラーズ・ギルドとして、単独冒険者ソリタリ・アドベンチャラーに依頼を回すわけにはいかない!これは、そう言う規則ルールなんだ!!」
「う゛う゛う゛う゛〜〜〜〜〜〜〜〜!!何よ、サビスさんの意固地!意地悪!意地っ張り!!」
「ああ、意固地意地悪意地っ張り、大いに結構!大体、それを言うならお前はどうなんだ?!そりゃ、今はエティルやファルの尻拭いで切羽詰ってるのは解かるケドな、我が儘が過ぎないか?!いつもはもっと素直で物分りが良いヤツだろう?!」
「こっちこそ我が儘娘で結構です!我が儘ついでに言わせてもらうと、事情が解かってるなら、一回くらいこっちの事情を汲んでくれたって良いじゃないの!!」
「その一回が誰か無関係な冒険者アドベンチャラーの耳に漏れてみろ!人のクチに戸は立てられない、『あっ』と言う間に噂は広がっちまうだろうが!」
「それは解かるけど!いくら規則ルールだからって、依頼人クライアントの意向にそむいてまで守らなきゃいけないの?!」
依頼人クライアントが望めば、それもアリだろうさ!――ギルバートさん、アンタはリルが護衛で満足するのかい?」
「うぇ?!ぼ、僕ですか?」
 また依頼人クライアントを放ったらかして二人で激論なのかと高を括って観戦状態モードに入っていた所に、唐突にサビスが話を振った。慌てて居住まいを直し、サビスの言葉に耳を傾ける。――どうでも良いが、依頼人クライアントを放置するような仲介人と冒険者相手に、心の広い対応を取れる少年だ。
「確かに、リルなら値段に見合った働きを期待できる。だからと言っても、リルはまだまだ子供だ。アンタは、こんな子供に守ってもらって、男として満足か?!」
「ちょっ――!!何よその言い方は!!いくらサビスさんでも、許さないわよ?!」
「リルは黙ってろ!俺は今、ギルバートさんと話してるんだ!」
 取り付く島も無い。リルは「う゛〜〜〜〜!」と、喉の奥で押し殺した不平を漏らすが、勿論聞かれちゃいない。
「……リルさんを雇うも、断るも。僕の意向一つ、と言う事ですか?」
「ああ、その通りだ。断ってもらっても問題は無い。俺に任せてもらえれば、値段に見合った五人組群隊パーティーを宛がうくらい時間は掛からないさ。報酬金を五人分割となると、半人前ハーフバックド段階レベルメイン群隊パーティーになるだろうケド――三人寄れば文殊の知恵、リル一人分の代任くらいまかなえるはずさ」
 そこまでを一息に語り尽くし――後は判断の全てをギルバートに委ねたのだろう。腕をカウンターに預け、そのまま沈黙に入る。
 全権委任されたギルバートはと言うと、返答に窮しているのが現実だった。
 正直、彼としては護衛役が誰だろうと構いはしない。彼自身が望む仕事をこなしてくれるならば、目の前の可憐な少女だろうと、見た事も無い筋骨隆々の重戦士ヘヴィー・ファイターだろうと、種族を異にする冒険者アドベンチャラーだろうと、一向に構わない。勿論、実力があったとしても、人間的に御免こうむりたい種類の連中は勘弁して欲しいが。
 そう言う意味では、リルは申し分無い。実力の程は、目の前の敏腕――なのだろう、恐らく――主人マスターの太鼓判付きだ。性格の方も、話を聞いている限りでは、こんな我が儘っぷりを発揮するのは今回が異例の事態らしいので、大目に見る事もできる――冷静に思い返せば、ギルバートの依頼を受ける云々までの少女の態度は、どちらかと言うと控え目だった。
 では、『少女に依頼をお願いする』で良いのでは無いか?と言えば、そうでも無い。ここでその決定を下せば、それはつまりサビスの評判かおに泥を塗るような物だ。しくもサビスが先程述べた言葉がそのまま当てはまるのだが、そう言った批判的ネガティヴな風評は、想像を絶する速度で広まるし、世間の評価は噂先行になりがちだ。軽い気持ちでノリに流されるワケにもいかない。
(って言うより、こんな重い事を僕に決定キメさせないで欲しいなぁ……)
 心中では少なからず多からずな不満を愚痴りながらも、口にも表情にも出しはしない。初めて冒険者の店アドベンチャラーズ・ギルドで依頼を出した事もあり、現場はこんな物なんだろうと割り切ってしまっていたからだ。――序でに言えば、このように「一生懸命に頑張っている」姿を見るのは、正直、嫌いでは無い。それほど・・・・は――だが。
 とまれ、どうしたモンかと悩み腕を組み、チラリとサビスの顔色を窺い――
(――?)
 サビスの視線が、またしても外に向いている事に気が付いた。気にしているのは、先程の四人組の冒険者――もしかしたらパーティーでは無いかもしれないが、そこは重要では無い――。興味津々に聞き耳を立てる彼らの事を、サビスは何やらと警戒していた。
 またしてもギルバートの視線に気付いたのだろう。慌てて視線を依頼人クライアントに戻し、目を合わせた。ギルバートには――その目が、何かを懇願しているようにも見えた。
(……懇願?何を?リルさんの頼みを蹴ってくれ、って事なのかな?それにあの四人組が関係しているのか?――いや、無関係な冒険者だし、別に――)
 と、そこで気が付いた。無関係な冒険者が、今ここにこうして関係してくる事に。勿論、これは飽く迄も推論でしか無い。もし全く見当違いな憶測を思考の中で展開し、帰結させていたら、単に自分が馬鹿を見るだけだ。そもそも、サビスからの「懇願」自体が、既に間違えている可能性が大いにある。ある、が――。
(――多分、間違えて無い、と思う……)
 自分の観察眼を信じて、と言うよりも、自分の仮説が期せずして円滑スムースに整合した事への自己満足感から、その推論に従う事にした。
 ギルバートが、ゆっくりと口を開く。
「僕としては、リルさんで構いません。依頼さえ果たしてくれるのならば、別に誰が宛がわれても構いませんし、寧ろ大所帯な群隊パーティーに振り回されるよりも、こちらとしても扱い易そうですしね」
 シンと静まり返る店内。店外からの賑わいの残り香が、どこか遠くで木霊する。
 次の瞬間――。
「やった〜〜〜〜〜〜!!」
 一度はサビスによって封じられた喜びの表現を、リルが体一杯に表した。飛び上がった直後、彼女の座っていた椅子が、盛大な音を立てて床の上を転がり、飛んだ。
「クッ――!」
 一方で、サビスはと言うと口惜しそうに奥歯を噛み締め、ギリギリと怒りを噛み殺しているようだ。
「ギルバートさん、アンタ、本当に良いのか?本当の本当に、後悔しないのか?!」
 釘を刺すようにギルバートに食って掛かるサビスだが、
「はい。問題ありません」
 ギルバートは冷静に答えた。
「さっきまでの話を聞いてリルに同情してしまったからとか、これ以上俺達二人の口論に付き合ってられないとか、そんな気持ちで『仕方無く』O.Kしたりしてねぇか?!」
「大丈夫ですよ。誰でも良い、って言うのも勿論本音ですけど、サビスさんが太鼓判を押したリルさんを正式に評価した上での判断です――まぁ、貴男あなたに聞いただけなので、評価と言うのも烏滸おこがましいですが」
 迷いは、一切無い。サビスはカウンターに視線を落とし、肩を震わせていた。怒りが頂点に達したのだろうか?
「ふッふふ〜〜〜〜ん♪コレで依頼人クライアント言質げんちも取れたし〜〜〜。ささ、サビスさん。契約書を早く用意し――」
「出てけ……」
 上機嫌なリルの言葉を、ボソリ、とサビスの言葉が遮った。
 一瞬だけ訪れる、二度にたびの沈黙。
「……え?」
 笑顔が凍り付き、リルの言葉少ない如何いかんの声。答えるサビスの言葉は、ただただ先語の繰り返し。
「出てけ――!」
 ダン!!と、カウンターを力任せに叩き付けた。その音の奥に、木材が軋む鈍い音が混ざっていた。
「ちょっ!サビスさん!いくら自分の思い通りにならなかったからって、そんな――不条理な!!」
「うるせぇ!!不愉快だ!出てけ!二人とも出てけ〜〜〜!!ンで勝手に二人で契約でも何でも交わしゃ良いだろうが!!」
「サビスさん!ちょっ!落ち着い――!!」
「出てけ!!出てけ出てけ!この店から出てけ〜〜〜〜〜!!!!」
 まるで癇癪を起こした子供のようだ。カウンター越しにリルの肩を乱暴に突き離し、店の中から出て行く事を暴力で以って主張アピールした。
 慌てふためきながらも入り口前に逃げ出すと、振り返り様にリルは叫んだ。
「何よ!!サビスさんの意地悪〜〜〜〜!!」
 直後、背中の扉を力任せに開け放ち、そのまま赤く染まる街の中へと消えていった。――彼女は結局、扉のすぐ横で事の成り行きを窺っていた四人組には気付かなかった。
 リルの悪態の言葉を聞き終えると、サビスは頭を抱えるようにして突っ伏した。
「あの……」
 そのサビスに、気遣うような声。ギルバートだった。
「なんだ、ギルバートさん、まだ居たのか。……悪いが、アンタも出て行ってくれないか……?」
 顔を上げようともしないサビスの声は、疲労と倦怠が綯い交ぜになり、覇気と言うものが全く感じられない。ギルバートは激しい同情を禁じえなかった。
 「お世話になりました」の言葉と共に席を立つと、店を出ようとサビスに背を向けて――彼は、背中越しに一言、サビスに言葉を投げ掛ける。
「大変ですね、こう言う店の御主人と言う職業は――」
 深いねぎらいの言葉を聞き、サビスは目だけをギルバートの背中に向ける。
 差し込む日差しがいつの間にか真っ赤な灼熱の色に変わっていた。サビスは輪郭しか見えない少年の小さな背中に――少しだけ唇の端を微笑みの形に歪めながら、力無く答えていた。
「ああ言う連中のお守りも含めて、好きで選んだ仕事さ……。有り難うよ、俺の気持ちを理解してくれて……」
 その言葉に満足したのか、背中越しにギルバートは優しく微笑んだ。そして、「お疲れ様です」と言い残した。
「リルさ〜〜ん。ちょっと待ってくださ〜〜い」
 リルの後を追い、ギルバートは店を飛び出した。その間際に、四人組の冒険者と目が合ったので、彼らにも軽く会釈した。――四人組も、軽く会釈を返してきた。